フェルマー=ワイルズの定理

3月8日のエントリの一節、

それを書くには、出社前のこの時間では短すぎる!

寝不足解消 - しまうま技研

というのはもちろん、フェルマーの有名なメモをもじったもの。

n が3以上のとき、一つの n 冪を二つの n 冪の和に分けることはできない。この定理に関して、私は真に驚くべき証明を見つけたが、この余白はそれを書くには狭すぎる

フェルマーの最終定理 - Wikipedia

350年以上もの間未解決だったこのフェルマーの最終定理(厳密にはフェルマー予想)を完全に証明したのは、イギリスの数学者アンドリュー・ワイルズであった。 今から十余年前、1995年のことだ。


その後、この証明について何冊もの書籍が出版されているが、そのうち数冊を手にとってみた限りでは、読み下すのにかなりの数学的素養が必要で、一般人の理解の範疇を超えているものが殆どという印象であった。 講談社ブルーバックスにもラインナップがあるが、冒頭から数学書のような雰囲気があって、がっかりしたことを覚えている。
そんな中、この難問をとても分かりやすく解説している本に巡り会ったのでご紹介。 残念ながら既に絶版となってしまったようで、図書館か古書店などでしかお目にかかれないが。

図解雑学 フェルマーの最終定理 (図解雑学-絵と文章でわかりやすい!-)

図解雑学 フェルマーの最終定理 (図解雑学-絵と文章でわかりやすい!-)

この本の解説はこうである。
まず、突破口はドイツの数学者ゲルハルト・フライが切り開いた。
フライはx^n + y^n = z^nが成り立つ(つまりフェルマー予想は誤っている)と仮定して導き出した楕円関数の性質を研究していて「とてもこのような関数は存在しないだろう」と考えたそうだが、「もし存在するならフライの楕円関数はモジュラーではない」という予想を立てた。 ちなみにモジュラーとは関数の保型形式を発展させた概念で、その保型形式とは

ある種の周期性をもつ関数のことである

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だそうだ。


この予想は初め、あまり注目されなかったようである。 というのもそれ以前に「楕円関数は全てモジュラーである」という予想(谷山=志村=ヴェイユ予想)が提起されていて、当時はまだ証明されていなかったものの、かなりの確度で正しいと考えられていた*1からだ。


ところが数年後、フライの予想をケン・リベット(アメリカの数学者)が証明してしまう。
フライの楕円関数がモジュラーではないという事実は谷山=志村=ヴェイユ予想と矛盾するが、ほぼ間違いないと思われていた予想であるだけに、逆にそれを証明できればフライの楕円関数など存在しない − 即ちx^n + y^n = z^nに解があるという仮定そのものが誤りだったということになる。 これは背理法によるフェルマー予想の証明に他ならない。
ワイルズは谷山=志村=ヴェイユ予想の一部を証明することにより、ついにフェルマー予想を証明した。 最初に発表されたのは1993年のことだったが、証明の一部に不備が発見され、1995年に漸く完全な形で証明されるに至る。


紹介した本では、この証明の過程が数学史と絡めながらドラマティックに描かれている。
他の解説と読み比べてみると、幾つか触れられていない事実(例えばフライ=セールのイプシロン予想など)があるが、これは分かりやすくするために細部を端折ったからだろう。


実はこの本の著者(富永裕久氏)は以前にも同じテーマで本を著している。 残念ながら、こちらも既に絶版なのだが。

フェルマーの最終定理に挑戦

フェルマーの最終定理に挑戦

数学史の解説という点では、こちらの方が広範囲かつ詳細に記述されているが、肝心のフェルマー予想の証明に関しては解説が駆け足で不十分だった感が否めない。
一方、初めに紹介した本では、逆に数学史の部分が若干もの足りない構成となっていたのが少々残念であった。


それにしても − 存在しないフライの楕円関数がモジュラーではないと証明できてしまう辺りに、数学の深遠さを感じずにはいられない。

*1:谷山=志村=ヴェイユ予想自体も、発表当初はあまりにセンセーショナルな内容であったため、真面目に取り合ってもらえなかったという